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販売職の20代のOLです。私が高校時代に留学したフィンランドでの話です。

当時、私は英語もフィンランド語も出来ない学生でしたが、ホームステイ先のホストファミリーは皆とても優しく、常にいろいろな場所へ案内してくれて毎日冒険の日々でした。

そんな彼らと別れて帰る飛行機で事件は起きました。

ホストファミリーと別れ、寂しさの中で事件は起きた

私は彼らと別れて寂しい中、一人で初めて訪れた空港で飛行機を待っていました。その当時は海外旅行なんて初めてだったし、出発ゲートが変わることがあるなど分かるはずもありませんでした。

見知らぬ人たちの英語での会話に疲れており、「ゲートが変わる」というアナウンスにも全く気づかず、私は変更前のゲートの待ち合い席で売店で買ったチョコレートを食べていました。

チョコレートはバータイプのものだったことは今もハッキリ覚えています。

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時すでに遅し…飛行機は日本へ向かって出発

しかし、食べ終わったときにはすでに飛行機は日本へと向かっていたのです。頭が真っ白になるとはこのことで、何が起こったかも分かりませんでした。

「この先、私はどうするんだろう?異国の地で生きていかなくてはならないのだろうか。さようなら、お父さんお母さん。」と飼っているペットを思いながらそう考えました。

しばらくして、ふてくされて空港内を散策していました。人間、焦れば焦るときほど冷静になにも考えなくなるのか、売店や他のゲートの外国人を見ていました。

あらかた見終わって、ひと息ついてジワジワと現実が押し寄せてきました。

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現実に戻り、事の重大さに気づく

このままではまずい!

そこからは早かったです。まずは日本の家族に電話をしたり、ホテルを急遽予約したり、翻訳をしてくれる人を探したり、てんやわんやでした。

次の日は朝7時30分にホテルのロビーで待ち合わせることになっていましたので、 疲れすぎていたけれど、何より日本に帰りたいの一心で絶対に寝ないと心に誓っていました。

一時間ごとに目が覚めて眠れないほどです。朝4時ごろになって「あと少し頑張れば帰りの飛行機にのれる!」と喜んでいたのですが、そこからの記憶は朝7時30分にモーニングコールがなるまでありません。

つまり寝坊したのです。

生まれて初めて、わずか15分で支度を終えました。全てが無事に終わり、日本に帰れた時は1日寝続けました。

海外では何が起きても自己責任

ヨーロッパの空港はゲートが変わりやすいと言うことを後日談で教えられ、もっと早くに教えてもらえればインフォメーションボードをもっとしっかり見ていたのにとひとり愚痴を吐きました。

海外旅行では注意深く、言語が通じにくいからこそ、よくも悪くも何が起こっても自己責任というのを覚えておこうと思いました。

あとは、とっさの判断力は海外旅行ではとってもよく使うアイテムだと思います。海外旅行をひとりでいくときは必ず帰りの空港の情報は時刻、アクセス方法などなど、見ておくことをおすすめします。

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