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47歳の男性で無職です。22年前にタイからバングラデシュに入国した時の話です。

旅先のタイからバングラデシュに行く事に

日本をとにかく脱出したくてタイに行ったのですが、ちょっとした事がきっかけで、タイに行った後にバングラデシュに行くことになりました。日本のパスポートは世界最強で、どこの国にも入国できると思っていたのでビザなしで向かいました。

そして、タイのバンコクにあるビーマン(バングラデシュエアライン)の事務所でバングラデシュにストップオーバーしたいと申し出ました。すると、本来ならビザがいるけど、5日間だけのストップオーバーならビザは要らないと言われ、ビザなしでバングラデシュの首都ダッカに飛びました。

航空機内で入国カードをもらえなかったので「入国手続きをどうしよう?」と思いながらもダッカの入国審査に向かいました。すると、やはり入国カードは必要だったらしく、入国管理官が顎でホイっと机の方を指示しました。指示された場所に行くと入国カードあったので、記入して再び入国管理官のところに向かいました。

職業は?」と聞かれたので、「ワーカー」と答えたのですが、少し複雑なな表情で「ワーカー?」と聞き返されました。しかし、その場は特に大きな問題はなく、無事に入国することが出来ました。

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国内はまさかの大規模デモ。交通機関は全てマヒ状態

ただ、空港の到着ロビーに到着してからが大変。ホテルの予約も市内までの交通手段も分からないまま入国したからです。すると一人のバングラデシュ人が近づいてきました。「ジャパニーズ?」って聞いてきたので、「イエス」と答えました。

その人の説明で状況が呑み込めました。その時、バングラデシュでは大規模なストライキがあり、市内までの交通期間が全てマヒしており、ホテルを探す事は到底できない状況だったのです。外国を舐めていました。

親切なバングラデシュ人が家に泊めてくれる事に

すると、その親切なバングラデシュ人が自分のアパートに泊めてくれるというのです。ただし、アパートに泊めても良いか家族に聞きに行くから空港で待っててくれと。1時間ほどすると彼は帰って来て、「泊まってもOKだ」と言ってくれました。

それからトゥクトゥクで彼のアパートへ向かいました。見た目は日本の団地のような建物で、その部屋に泊めてもらうことになりました。そこには、弟さん、おばさん、10代の少女、赤ちゃんが一緒に暮らしていました。

観光にも連れて行ってもらい、思い出深い旅に

翌日、彼は1日20ドルで観光に連れて行ってくれると申し出てくれました。ストライキで騒然としている中、ダッカの市内に観光に向かいました。初めにダッカの川で船にも乗せてもらいました。船と言ってもボートの様な木の船です。そのボートに乗り、川の中を案内してもらいました。そして観光を終えて無事にバングラデシュを出国することができました。

思いもよらぬトラブルで一時は落ち込んだものの、親切なバングラデシュ人の彼のおかげで思い出に残る旅にすることが出来ました。当然、海外は親切な人ばかりではないので、騙そうとする人たちもいると思います。ですが、日本で外国人が困っている姿を見かけたら、今回彼が私を助けてくれたように私も彼らを積極的に助けたいと思います。

 

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